マル得温泉旅行

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【野生の湯】北海道 中岳 手堀露天

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【野生の湯】 ■北海道 中岳 手堀露天

 朝11時前、旭岳温泉に到着。周辺の天候はさほど悪くない。だが、見上げると山頂付近はガスで覆われており、やや不安になる。山肌の所々には真っ白い部分が見える。「残雪...」、思わず溜め息が漏れる。雪に対する万全な備えをしていないのだ。
 実は、昨年の同時期、黒岳側から大雪山アタックしようとしていた。一年前の1999年6月、北海道は夏を感じさせるような陽気の中、Tシャツ1枚で旅を続けていた。ある日、層雲峡を起点に、黒岳から旭岳を経由し反対側の旭岳温泉まで縦走しようとした。早朝、満員のロープウェイに揺られ黒岳5合目まで上ったが、想像以上の残雪のため、それから先へ進むことを断念した。何せ肝心の足回りは、スポーツサンダル(<おいおい)。ロープウェイの係員に「その格好では自殺行為に等しい」と諭されてしまった(^^;
 前年に比べれば多少は賢くなったので、今回は田植足袋を履いてのチャレンジ。しかも山頂を目指す気はなく、さほど雪の心配をしなくても良いと甘く考えていた。

 この日の目的は「天女の湯」での入湯。数年前まではロープウェイ天女ヶ原駅で途中下車すれば、10分程度で到達できたポピュラーな秘湯だ。だが、現在は行くことがかなり困難になっている。第一の理由は、天女ヶ原駅が廃止されたため。第二の理由は、以前あったものに代わる新ロープウェイの運行が、未だに始まっていないため。(注.この約10日後の2000.06.26より、新ロープウェイ運行開始)。
 ルートが今一つ不明なので、ロープウェイ終点の姿見の池駅付近まで登山道を登り、そこからロープウェイ沿いにムリヤリ天女の湯まで下ることを考えていた。土地カンが全くない以上、それが最も無難なコースに思えたのだ。

 ビジターセンターで情報収集をすることにした。係員の姿は見えない。慣れてる感じの登山者に話し掛ける。ここから登山道を15分も歩けば、残雪地帯に突入するという。黒い地表もかなり見えているのだが、そこは日なたの部分。日陰の部分には例外なく雪が残っているとのこと。言われてみると納得。ヤレヤレと暗い気分になる。ちなみに、その人は「天女の湯」のことを知らなかった。さらに、ガックリ。雪が残る中、登山をした経験がなく不安なのだが、取り合えず行けるところまで行くことにする。姿見の池までは何とかなるだろうと、その時は思った。
 登山道隣の公共駐車場で身支度をする。少し迷った後に、折畳みスコップをザックに詰める。重いのが難点だが、野湯系の温泉探索には欠かせないものだ。水、食料、コンパス、地図、雨具。必要なものが抜け落ちてないか丹念にチェックする。最後に田植足袋を履き、ロープウェイ脇から伸びる登山道をテクテク歩き始める。5分も経たない内に、雪がチラホラ地表を覆うようになる。大丈夫なのだろうかと思いつつ進むと、あっという間に積雪地帯に突入。雪の中にザクザクと田植足袋をめり込ませると、想像以上に快適に歩くことができる。と言っても不安定なので落ちていた枯れ枝をスティック代わりにして体を支える。
 天女ヶ原湿原を抜ける。一面に群生する花は、未だに蕾みのまま。雪の下に隠れているものも、たくさんありそうだ。やはり日陰部分はかなり分厚く雪が残っている。この辺から「天女の湯」へ抜ける旧登山道があることを事前に聞かされていた。登山道を外れ左折する(=西へ向う)のだが、それらしき道は見当たらない。中途半端な積雪のため、踏み跡(=旧登山道)は隠され、至る所でヤブが行く手を遮るのだ。全てのヤブを覆うくらい雪が積もっている方が、遥かに探索しやすいだろうなと思った。ショートカット・ルートを諦め、予定通り姿見の池を目指すことにする。

温泉画像

 ここから先がかなり大変だった。あからさまに傾斜がきつくなり、積雪量も多くなる。登山ルートは曖昧になり、雪上の踏み跡が錯綜する。おまけに、思いっきり日陰部分はツルツル凍ってるし...。慎重に先人の踏み跡をトレースし、確実に一歩一歩進んでいく。特に姿見の池分岐直前は、ルートの幅が超狭い上に、すぐ右手は急角度の深い谷。足を滑らしたら気まずい思いをすること間違えなしの嫌らしい状況が連続する。やっとの思いで姿見の池分岐に到着。緊張感が一気に緩む。同じような思いを抱くためか、数人の登山者が一休みしている。私も仲間入りすると同時に、情報収集を開始する。相手は、幸いにも事情に詳しい地元の方だった。

 話を聞くにつれ、ここから「天女の湯」へ行くことの困難さが明らかになってきた。この季節、薮が地表に出てきたので分かり辛いだろうとのこと。やはり薮を覆い尽くすぐらい雪がある方が、まだマシなようだ。また、ロープウェイ下の作業道を通って下りるのは、係員が嫌がるのでやめた方が良いとも言われた。営業運転はまだだが、現在、ロープウェイは試運転の真っ最中。その下を歩けば目立つし、その行為自体が問題になる可能性も否定できない。現地で状況を把握した結果、「天女の湯」へ行くことを断念することに。1時間30分かけて、ここまで歩いてきたのに...と思わずガックリする。ところが、地元登山者が呟いた一言が契機となり、事態は思いもよらない方向へと進んでいく。

「天女の湯よりも、中岳温泉の方が楽じゃないかな」<天の声

 中岳温泉の存在はもちろん知っていた。ただ、出発前は完全に考慮の対象外であった。時間がかかる上に、この季節、積雪しているのが確実だったためである。(行くとすれば、7月下旬から8月の間だなと思っていた)。時計を見ると12時30分。コースタイムの計算をしてみる。片道2時間入湯30分とすると姿見の池には17時に戻って来れる。ここからなら1時間あれば下山できる。今の季節、日没は異様に遅く19時を過ぎても明るいので、何とかなりそうだと思った。<楽観的すぎる(^^;
 方針転換を決定。地元登山者に中岳温泉までの行き方やら注意点を質問すると、やや呆れた様子ながら丁寧に答えてくれた。中でも、危険を感じたら引き返すことと、全ては自己責任だということを念押しされた。ここからは、本格的な単独登山。しかも雪が残り天候も不安定な中、初めてのルートを進むことになる。礼を言い、中岳温泉を目指し、歩き始める。

 残雪を踏み締めながら、複合平分岐を目指し歩き始める。ロープウェイ姿見の池駅を過ぎ、表面が未だに氷結している夫婦池まで来ると、早くも人の気配が皆無となった。どうやら、こちらのコースは人気がないようだ。踏み跡さえ、雪上に残っていない箇所が多くなる。頼りになるのは、地図とコンパスと目印リボン。そして登山道用に切り開かれたヤブの切れ目だ。

 ヤブの箇所を進むのは楽だった。正しいルートならば、確実に道ができている。所々に目印となるリボンもついている。誰ともすれ違わない以上、このリボンは心強かった。それに引き換え、ヤブとヤブの間にある雪原はかなり嫌らしかった。田植足袋でテコテコ歩くのは楽なのだが、ルートがよく分からない。コンパスと地図とにらめっこしながら慎重に進む。次のヤブに辿り着いても、たいていの場合、しばらく正しい切れ目を探すことになる。
 ところで、なかなか切れ目が見つからなかったので、我慢しきれずに一回だけヤブ漕ぎをした。その結果、とんでもなくルートを外れてしまい、なかなか登山道に戻れず苦労した上に、下山する際、命取りになりかけた...。

温泉画像

 高低差があまりないので、登山というより、山歩きに近い。よって、体力的には疲れない。右手に大雪山の主峰である旭岳を眺めながら、快適なトレッキングが続く。旭岳は山頂こそガスに隠れているが、優雅な姿を見せてくれる。雪上を歩くのが、これほどまでに楽しいとは思いもよらなかった。雪上にはスキー跡も残っている。山頂付近から、はるか彼方にある麓までその跡は続く。いつかは山スキーをしてみたいものだと思う。と言っても、技術経験共に皆無に等しいから苦労することは目に見えているのだが(^^;

 傾斜の緩やかな大雪原が眼前に広がり出した。どうやら複合平らしい。目印となる巨大な複合平分岐のクイを探すが、どこにあるか全く分からない。ヤブの群生がなくなり、正確にルートを辿ることができなくなったのだ。しばらく勘に任せて付近を探索するが、もちろん、そんなことでは見つからない。何度も同じところをグルグル回るにつれ、疲労ばかりが積み重なっていく。無為な時間が流れ、焦りと共に挫折感が込み上げてくる。ラチが開かないので、目印リボンがある正しいルートまで戻ることにする。無駄に体力と時間を使っちゃったなと、自嘲気味にブツブツ呟く。目に見えない疲労感が全身を覆う。「こんなこと、やめたいな」。思わず口に出してしまう。気持ちが弱くなっている。
 体力的に辛いということもあるが、それより精神的なダメージが大きい。水を飲み、栄養補給し、深呼吸をする。気を落ち着かせた上で、今、すべきことは何なのかと自分に問いかける。やり残していることはあるはずだ。

 私は地図を取り出した。

 それまでは、地図を見ても、ほとんどルートを辿ることしかしていなかった。だが、それだけではダメなことがハッキリした。地図と目の前に広がる情景を一致させなけばならない。必死になって地形を読み取ろうとする。5分後、ようやく自分の感覚に自信が持てるようになる。こんなに深く地図を読みこなせたのは初めてのこと。幼稚なレベルだとは思うが、素直に喜ぶ。時計を見ると既に2時を回っている。危険領域に近付いてきた。これで、ダメだったら諦めて戻ろう。覚悟を決め、再度、歩き始める。

温泉画像

 やはり先ほどまでとは違う。選択したルートが異なるのは当然だが、感覚が妙に研ぎすまされているようで気分が良いのだ。ほどなくして複合平分岐へ到着。今まで苦労していたのが馬鹿らしくなるくらいアッサリ見つかった。標識が雪に隠れていたのでスコップで取り除く。「中岳分岐」の方向を確認する。自分の感覚と完全に一致する。もう大丈夫だ。そこからは次第に高度を上げつつ登っていく。地熱のためか、ガラガラの岩場が姿を見せ始める。ここまで来たら地図はあまり必要ない。時間を取りかえすべく、足早に進む。そして、ついに硫黄臭を感知した(嬉)。

 そこには、先人が作成した立派な手堀湯船があった。濃厚な硫黄の香りが漂う中、青み掛かった透明な湯がコンコンと湧出している。湯に触れる。熱い。計測すると48℃。このままでは快適に入湯できないので、上方を流れる沢の流れを変え加水調整することにする。42℃前後になるのを待っての入湯。ゆっくりと身体を沈めていく。この瞬間のために登ってきたのだ。思わず涙が溢れそうになる。苦労したよな...。ガスがかかっているけど、そんなことはあまり気にならない。まさに天上の楽園である。

温泉画像

 何時間でもゆっくりしたいところだが、残念ながら時間に余裕はない。30分後には身支度を整え、下り始めていた。何度か振り返る。そのうち再訪するぞと思う。一気に駆け降りる。必要以上に急ぐ理由が生じたのだ。日没うんぬん以前に、急速にガスが濃くなってきたのだ。次第に視界が悪くなり、しかも、小雨まで降り始める。そして、5m先が見えなくなった。

 しばらく、雪上に残った行きの足跡のみが唯一の頼りという危険な状況が続く。ところどころ、踏み跡が他人のものと交差していて紛らわしい。特に複合平分岐付近は踏み跡が錯綜している。正しいものを選択しなければならない。踏み跡を真剣に読む。幸いにも私は田植足袋を履いている。足先が割れているので、注意深く観察すれば、自分の足跡を判別することが可能となる。切迫した状況下において必死になると、異様に集中力が高まることを実感する。

 慎重にトレースした結果、複合平を抜け、目印リボンのある登山道に辿り着く。踏み跡のみが命綱というかなり危険な状況はクリアできたのだ。見覚えのあるルートを走るように進んでいく。相変わらず急ぐべき状況にある。そのうち、登山道を外れヤブ漕ぎした箇所に差し掛かる。目の前の雪原には踏み跡が全くない。行きにこのルートを選択していない以上、当然のことであるのだが...。仕方ないので覚悟を決めて進んでいく。ここに関しては完全に運任せ。幸いにも、さほど探索することなく正しいルートが見つかった。運が良かったと言うしかない。(冷汗)

 その後は順調だった。夫婦池を過ぎ、ケーブルカー姿見の池駅に到着する。ここから先は、今までに比べると遥かに登山道が分かりやすいのだ。この時、「助かった」と本気で思った...(^^; 天女ヶ原を通過する頃には、ガスが抜け、視界が開けていた。この頃には花を楽しむ余裕さえ生まれていた。ほどなくして、麓に辿り着く。時計を見ると18:00。駐車場には、当然のことながら、私の車しか残っていなかった。(寒)

-2000.06.14-  

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