マル得温泉旅行

~知床からトカラ・台湾まで~

【野生の湯】花蓮縣 秀林郷 文山温泉 露天

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【野生の湯】 ■花蓮縣 秀林郷 文山温泉 露天

 前夜、夜行列車が台北駅を出発したのは、夜11時だった。列車の中は混んでおり、立っている人も多い。座席に腰掛けながら、日本にもこういう時代があったんだろうな、とボンヤリ考える。

 台湾に到着したその日は、勝手が違ったせいもあり、かなり疲労していた。初めて訪れた国ということで土地カンが全く働かないのは当然として、サッパリ言葉が通じないのにはホトホト困った。中国語はもちろん、英語での会話さえ満足に成り立たない。私の語学力がひどいためである。(しくしく)
 また、身ぶり手ぶりで相手に何かを伝えようとしても、うまくいかない。普段やらないことをしようとしても、慣れてない分、ぎこちなくなってしまう。 結局、筆談に頼ることが多くなる。例えば列車の切符。必要事項をメモ用紙に記し窓口に差し出すだけでよく、会話を必要としない。金額はレジに表示され、読み取ることができるしね。味気ないと言えばその通りだが、窓口でグズグズやって迷惑をかけるより、はるかに良いでしょう。

 午前3時過ぎ、目的地である花蓮駅に到着する。中途半端な時間なのに、かなりの数の人間が下車した。台湾の人達のタフさに感心する。
 ここからバスに乗換えて太魯閣峡谷を目指すのだが、事前に始発バスの時刻を確認することができなかった。仕方がないので、早すぎるとは思ったものの、こんな非常識な時間の到着となった訳だ。さすがに午前4時前だけあって、バスが発車する気配は全く感じられない。(笑)
 しばらく真っ暗な駅周辺をブラブラした後、待合所のベンチに腰掛けボーっとする。午前5時、お腹が減ったので、駅の某セブンイレブンで国民弁当(という凄いネーミングの弁当がある)と日本茶を購入する。台湾でコンビニ弁当を食べたのは、この時だけだったが、うん、まあ、こんなものでしょう。(笑)

 夜明けが近くなった午前6時。駅前のバス乗り場が賑やかになってきた。お目当ての文山まで直行するバスは、6時40分、定刻通り発車した。乗り込む時、「往文山?」というメモを運転手に見せると、「そうだよ」という感じで大きく頷いた。このバスで間違えないと分かっていても、乗り過ごすリスクを少しでも減らすためには、運転手に自分の存在をアピールするに限る。土曜日だが朝早いせいもあって乗客は少ない。

 目的地である文山バス停は太魯閣峡谷のかなり奥の方に位置する。この太魯閣峡谷というのが台湾でも一二を争う景勝地。その大理石でできた渓谷の中を、バスは進んでいくのだ。目的地まで起きているつもりだったが、睡眠不足ということもあり、太魯閣峡谷に入る前に爆睡してしまった。
 ハッと気付いた時は、天祥(目的地である文山バス停の一個手前)に到着する寸前だった。ものの見事に絶景を見逃してしまったのだ。(ガーン)。まあ、帰りに見ればいいのさ、と強がっておく。ここで大半の人が降車して、乗客は二人だけになった。小休止した後、バスは再び動き始めた。

 ▼文山温泉の入口にある公共駐車場の看板。何やら貼紙がしてある(^^; 温泉画像

 5分ほどで文山バス停に無事停車。時計を見ると8時過ぎ。運転手が何か言いたそうにしていたが、「謝謝!」と叫び、バスを降りる。頭の中はお目当ての文山温泉のことで一杯だ。(オー!)

 バス停から少し歩くと文山温泉の入口に到着した。ここから何百段もの石段を渓谷の底へ目がけて降りていくのだが、何やら様子がおかしい。どうやら工事中なので、温泉へは行けないらしい。(ガーン)。バスの運転手も「やれやれ。あの旅行者もご苦労なことだ。可哀想に」とか思っていたことだろう。
 「ここまで来て、それはないよな」ということで、取り合えず行けるところまで行ってみる。温泉がチラチラと見えるぐらいに下った頃、手堀のトンネルにぶつかった。入口にはガッチリとカギがかかっており、どんなに頑張ってもここから先は通行不能。思わず溜息をつく。(ハー)
 と嘆いていても仕方がないので、諦めの悪い私は次善策を考える。トンネル箇所を高巻きするか、あるいは道を外れ崖を下るかのどちらかだ。見た感じ、崖の傾斜はさほどのものではない。谷底までは下ることはできそうだ。ただし、温泉は川の対岸にある。渡渉できるかどうかは、ここからでは判別できない。安全策を取るならば、トンネルを高巻きした上でコースに戻り、すぐ近くに見えている吊り橋を渡るべきなのだろう。
 けれどもトンネルの高巻きはかなり大変そうなこともあり、道を外れ崖を下ることにする。

 スポーツサンダルを脱ぎ、田植足袋に履き替え、必要なものをウエストバックに移しかえる。荷物を草むらに隠し、崖を下りはじめる。文山温泉(=観光名所)に行くのに、こんなことをするなんて想像さえしていなかった。(笑)
 大理石の崖はかなり滑りやすい。慎重に降りていく。谷底に降り立つ。対岸には川すれすれのところに、立派な露天風呂が見え、湯気が沸き上がっている。素晴らしい。(悶絶)
 でも現実問題として目の前には轟々と流れる川が横たわっている。まずは渡渉しなければならない。渇水期(だと思う)ということもあり、流れはやや早そうだが水量は想像していたよりも多くない。無理さえしなければ、安全に渡渉できると感じた。
 慎重に渡渉ポイントを探る。どうやら温泉の正面付近が最も浅そうだ。手頃な枯れ枝を手にする。ウエストバックをたすきがけにして、水中に足をつける。防水対策を十分にしていないので、滑ったりでもして水につかったらカメラはダメになる。木の枝でバランスを取りながら、慎重に一歩ずつ前進する。水圧は強いが、まあ、油断しない限り、流されることはあるまい。

 ▼文山温泉。遊歩道が工事中のため、誰もいない。(ピースv) 温泉画像

 そして対岸に到達。目の前ではメチャメチャ立派な露天風呂から大量の湯が流れ落ちている。(大理石ではなく)コンクリ造り(だと思う)の浴槽は、薩摩硫黄島の坂本温泉を思い起こさせる。湯の表面には、大量の湯膜がただよっている。手をつけるとこれが見事に適温。ぬるからず、あつからず。
 ところで、観光名所でもある文山温泉を独占できるなんて、何という幸せ、と思っていられたのもここまで。誰もいないから裸で入っちゃえ(※台湾で温泉に入る時は原則水着着用)と服を脱ぎ始めた時、対岸の崖上から「オーイ! オーイ!!」という叫び声が聞こえてきた。他にも何か叫んでいるが、中国語(だと思う)のでサッパリ理解できない。ただ、私に対して何かを伝えたいことぐらいは何となく分かる。周囲を見渡すが私の他に誰もいない。

 叫んでいるのは工事関係者? あるいは監視員? ひょっとしたら警察? 何やら盛んに絶叫しているし、相手の姿は見えないしと、不安は膨れ上がり、想像は悪い方へと流れていく。周囲は切り立った渓谷なので叫び声はおそろしく反響する。どうやらマズいことになっているらしい。(顔面蒼白)
 パニック状態に陥ると、バカなことを考えてしまう傾向が私にはある。大学の頃に第二外国語で選択した中国語を真剣に学ばなかったあげく、単位が取りやすいという愚かな理由でロシア語に乗り換えてしまった過去の悪行を激しく後悔するが、もちろん事態が好転するわけもなく、自分自身が嫌になるばかり。(まさしく「後悔先立たず」)。

 こういう場面で、相手の喋ることが全く理解できない(でも怒鳴られていることは理解できる)上に、自分の思いを伝えることができないって、どんなに辛いことか想像つきます?(<涙目)

 台湾の治安については心配していなかったが、国家権力の統制についてはいささか不安を抱いていた。よって、レンタカーを利用しないこと(※台湾では国際政治上の関係で国際免許証が無効)は当然として、問題になりそうなことは極力避けようと思っていたのに、旅行二日目にして早くもこのような目にあうなんて悲しすぎる。って、自業自得なんだけどさ。(ハー)
 取り合えず入浴することはやめて、おとなしく様子を見ることにする。どうせ怒られるのならば、少しでも心証が良い方がいいだろうという小市民的発想。
 ところが叫び声は続くが一向に姿を現さない。何をやってるんだろうか? もしかしたら私の存在に気付いていないのかも。と思ったこともあり(そんなことはないと思うが)、せっかくここまで来て入湯せずに帰るのはバカだ、と考え直し、水着になり露天に飛び込む。どうせ怒られるのならば、入らなければ損だという現世的快楽的発想への転換。うーん、何だか支離滅裂だ。(笑)

 ▼温泉は大理石の渓谷沿いにある。対岸に人影が見えますね(^^; 温泉画像

 切り立った大理石の渓谷の底で、間近に美しい川の流れを眺めながら、広くて立派な露天風呂を独占する。湯はコンコンと湧出し、旅の疲れを癒してくれる。あー、極楽。でも、「オーイ! オーイ!!」という叫び声は、相変わらず続いている。お願いだから日本語で叫んでくれよ、と呟いてみるが、もちろん私の思いは相手に届かない。(憂鬱)
 とは言え、ややブルーな気分が入っていながらも、全体的に見れば幸せな一時を過ごすことができた。だが、幸福な時間は長くは続かない。ついに対岸に人影が現れたのだ。(ガーン)

 こんなことだったら事態を静観せずにさっさと入湯していれば良かった、と後悔するがもちろん後の祭り。人間って本当に学習する生き物なのだろうか?
 かなり離れているが、相手(たぶん男)は明らかに私を見ている。おまけに何かを叫びながら、私を指差している。表情はハッキリと分からないが、少なくとも笑ってはいない。どちらかと言うと、真剣な顔をしているようだ。(気まずい)
 ここら辺が潮時と思い、大急ぎで温泉から上がり、ルートを考えることなく適当に渡渉を開始する。頭の中は、どうやって許してもらうか、それだけだ。いけないことをしたという罪の意識で脳みそがはち切れそうだ。
 かなり焦っていたので、一度転びそうになったが、なんとか渡り切る。相手は何やら(たぶん中国語で)言っている。こうして近寄ったところで、さっきよりハッキリ聞き取れるようになったが、理解不能なことに変わりない。

 この温泉に入るためにはるばる日本からやって来たので無理をしてでも入りたかった、私はワイルドな温泉に命をかけているのだ、無事に戻って来たことだしどうか許して欲しい、などと頭の中のでは無数の言葉が渦巻くが、中国語はもちろんのこと、適当な英語さえ思い浮かばない。(無惨)

「アイ・アム・ジャパニーズ。ノー、チャイニーズ。ソーリー、ソーリー」
 口について出たのはこれだけ。(情けない)。手を合わせて何度も何度も頭を下げ、必死になって許しを請う。普段やりなれない身ぶり手ぶりも、追い詰められると無理なくできる。

「オー、ジャパニーズ?」
 私の思いが伝わったせいか、相手は当惑したように英語で話しかけてきた。ところが、相手の英語も私には断片的にしか理解できない。(涙)
「ソーリー。イングリッシュ・イズ・ベリー・プア」
 あまりにも情けない返答をするのが精一杯だった。(号泣)

 身ぶり手ぶりを加えての筆談が始まった。次第に事態が明らかになってくる。どうやら彼も旅行者であり、遊歩道が通行止めの中、温泉へどうやって行ったかを私に聞きたかったから叫んだとのこと。
 理解した瞬間、安堵のあまり全身の力が抜け、その場に座り込んでしまった。思いっきり息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。そんなことぐらいで、気が狂ったように叫ぶか、普通。(脱力)

「いやーあ、驚かしてしまって悪かったね。ゴメン、ゴメン」
 彼は(たぶん)そう言った後、思いっきり笑い始めた。「この野郎」と思ったが、つられて笑ってしまった。何か言い返したかったが、適当な言葉が思い浮かばない。(悲しい)
「そういう訳だから、もう一回、温泉に行けば?」(<おいおい)
 彼はニコニコしながら言うが、もうそんな気分じゃない。渡渉するのはかなり気をつかうし、何より精神的にとても疲れた。それに、いつ工事関係者や監視員などが来るか分からない。さらに酷い目にあうのは絶対に嫌だ。

 ▼対岸で人が立っている場所が浴槽。上方に渓谷をまたぐ吊り橋が見える。 温泉画像

 崖上から彼の連れ合いが続々と降りてくる。どうやら天祥にあるユースホステルに宿泊している人たちみたいだ。様々な国籍の若者がいた。そのうちの一人(たぶん台湾の青年)が渡渉の準備を始めた。太ももまで水に浸かるけど大丈夫だよ、と教えたら、がぜんヤル気になったらしい。「一緒に行こうよ」と周囲の人間を誘うのだが、でも、誰も反応しない。(ちょっと哀れ)
 水着になって調子良く渓流に入ったはいいが、中間点付近で思いっきり転ぶ。見ている側は一瞬ヒヤリとするが、彼は何ごともなかったように立ち上がり、笑いながら一気に渡渉する。彼の姿を眺めながら、大笑いしてしまった。

 彼らに別れを告げ、文山温泉を去る。遊歩道の石段を登り切った後、天祥を目指し、大理石の岸壁を眺めながら気持ちよくトレッキングする。途中、文山温泉で知り合った(と言うか何度も怒鳴られた)にいちゃんが運転する車が追い越していく。「乗っていくか?」と尋ねられたが、「ウオーク、ウオーク」と手ぶりを交えて断った後、「謝謝!」と叫び、笑いながら思いっきり手を振る。
 この時はとても歩きたい気分だった。

 快晴の中、30分ほどかけて天祥まで歩く。かなりいろいろなことがあったが時計を見るとまだ10時。朝5時に食べてからは、黒糖飴しか口にしていない。中途半端な時間だが、天祥に着くと食堂に入った。
 パイコーメン(70元。約260円)を頼む。観光地だからと期待していなかったが、これがうまかった。昨日、北投の街中で食べたパイコーハン(65元。約240円)は、やたら油がきつくて苦しかった。そのことを思うと、ご飯と麺の違いがあるにせよ、雲泥の差だ。

 花蓮行のバスの中では、太魯閣峡谷の絶景を飽きるまで見た後、やはり爆睡。花蓮市街に入り、途中乗車のガキがワイワイ乗り込んでくるまで完全に意識を失っていた。起こされた時はムッとしたが、これが私を救うことになるとは、世の中面白い。
 バスは花蓮駅に到着。ところが、駅前のロータリーに入りながらも、止まらずに通り過ぎる。慌てて「ステーション! ステーション!!」と叫び、少し先の交差点で降ろしてもらう。花蓮行ならば駅が終点だと思うし、少なくとも停車ぐらいするだろう、普通。目的地がバスの終点だからと爆睡してたら、かなり悲惨な思いをしたはずだ。全く油断も隙もありゃしない。
 とにもかくにも、大騒ぎしてくれたガキどもに感謝しなければ。(笑)

-2001.12.29-  

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