マル得温泉旅行

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【野生の湯】秋田 鹿角市 硫黄取りの湯 [東北野湯]

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【野生の湯】 ■秋田 鹿角市 硫黄取りの湯 →[東北野湯]

→■栩湯(とちゆ)より続く

 目覚めると、前夜からの雨は、上がっていた。周囲を見渡すと、様々なものが散乱している。台風一過という様相。相変わらず、風が強い。ラジオの天気予報に耳を傾ける。東北地方は全般的に、天気は上り坂、午後からは晴れる、とのこと。厚い雲を眺めながら、ひとまず胸をなで下ろす。

 腹ごしらえした後、車を後生掛公共駐車場に移動。忘れ物がないか慎重にチェックし、田植足袋を履く。栩湯で負った火傷痕が気になるが、それも一瞬のことだ。既に気持ちは、まだ見ぬ野湯へと飛んでいる。地図とコンパスで、現在位置を確認した後、歩き始める。

 まずは、後生掛の自然歩道へ向かう。そこには広大な地獄が広がっていた。昨日、玉川温泉で見た光景がオーバーラップする。辺りには誰もいないので、適当な場所で入湯することも可能だったが、この日に限っては、その気にならず、見物だけで終える。まあ、それも仕方あるまい。これから向かう先は、今回の旅で最も楽しみにしていた所なのだから。

 後生掛を後にし、焼山へ向かう登山道を進む。歩き始めは、木道が多く、快適に飛ばす。前夜の風雨のためか、落ち葉の量が多い。紅葉のピークが近づいているらしく、実に美しい光景だ。色彩鮮やかな落ち葉のカーペットを踏みしめながら先を急ぐ。
 風は強いが、草木に遮られ、体には直接あたらない。しだいに、木道は見当たらなくなり、傾斜も急になる。地面は前日までの雨のせいで、激しくぬかるんでいる。とても歩きづらい。息が切れ、何度か立ち止まる。
 やがて、登山道は大きく右にカーブを描く。地図を確認する。稜線が近いらしい。風も強くなってきたようだ。

 毛せん峠が近づいてきた。標高を上げるにつれ、次第にガスが濃くなってくる。強風がガスを吹き飛ばしてくれればいいのに、と思うが、そう都合良く物事は運ばない。猛烈な風の中を稜線伝いに歩く。紛らわしい分岐がないので、とても楽だ。
 焼山避難小屋が見えてきた。ここまで来れば、山頂まで後一歩。ガスで視界が悪いのが不満ではあるが、雨が降らないだけマシだ。

 ガスの合間から、一瞬、薄っすらと火口湖らしきものが見えた。鼓動が高まる。登山道を外れ、よく見える場所へと移動する。火口壁から崖下を見下ろすと、黄色く染まった火口湖があった。位置的に、近年噴火した空沼だろうと当たりをつける。遠くから眺める限りでは、噴火活動は見られない。大人しいものだ。

 ▼湯沼。焼山の火口湖。かなり強烈でした。
温泉画像

 登山道へ戻り、少し進むと「鬼ヶ城」の標識があった。ほどなく白濁した火口湖が目の前に現れる。いかにも体に悪そうな噴気が至るところで上がっている。これが湯沼であろう。
 ここから急坂を登り切ると、名残峠。一般的に焼山の頂上とされている場所だ。地図を取りだして、ルートを確認する。ここまでは間違っていない。順調そのものだ。
 ところが、ここで躓いてしまう。

 名残峠から硫黄取りの湯に向かうルートは、地図には記載されているのだが現実問題として、この先にあるべき登山道が見当たらない。コンパスが指し示す方向に踏み跡はあるのだが、行く手は柵で遮られており、現在登山道として使われているとは思えない。もしかして、新しい登山道ができたのだろうか?
 何か変だなと思いつつも、他に道が見当たらないので、取りあえず、玉川温泉方面へと下り始める。

 ほどなく、ルートを間違えたことを確信する。「新しい登山道」の気配が全く感じられないのだ。かなり下ってしまったが、仕方がない。引き返すことにする。そして、再び、名残峠へ。今度は、じっくりと地図を読む。
 相変わらずガスで視界が悪いが、玉川温泉方面へ少し下りたおかげで、だいたいの見当は付く。やはり、目の前の稜線上に延びる踏み跡を辿るのが正解のようだ。立入禁止の看板がないのを確認し、柵を乗り越える。これからは、登山道を外れた歩きだ。

 思ったより、踏み跡はハッキリとついている。廃道となったが、それなりに今も使われているらしい。それにしても、風が物凄い。今までとは、桁違いに激しい風圧を感じる。気を緩めると、体ごと谷底へ吹き飛ばされそうだ。四つん這いになるまで身をかがめ、踏み跡を辿る。右手の谷底に、鬼ヶ城の火口湖を眺めながらの、スリリングな前進が続く。

 頂上付近はガスが濃いが、下るに従って、しだいに視界が開けてくる。小ピークを何個かやりすごすと、右手の遥か先に、黄色に染まる沢が見えてきた。その手前の台地には、硫黄鉱山跡の残骸と思しき、廃材が無数に散らばっている。

 ▼硫黄鉱山跡のすぐ下流の谷間を川湯が流れていた。
温泉画像

 ドクン。脈拍が速くなり、体が熱くなる。目的地は近い。

 この時、いつの間にか踏み跡を見失い、ひたすら稜線上を歩いていることに気付く。別に焦りはしなかったが、さて、どうやって崖を降りれば良いのだろうかと自問自答する。
 傾斜は急で、しかも地表はガレガレ。地盤は脆く、砂利に近い。ズルズル滑り落ちることだけは避けたかったので、慎重にルートを選ぶ。少し遠くに、谷底へ落ちる枯れ沢が見えたので、これを利用して下ることにする。

 稜線を外れ、一気に谷を下る。足場はかなり軟弱だが、そう心配するほどのことでもない。やがて、建物の残骸が散らばる台地に到達。黄色の沢は、もう目と鼻の先だ。その直前、湯川本流を渡る。上流を見ると、噴煙が上がっている。沢は冷たいが、おそらく上流では、温泉の湧出があり、暖かい箇所もあるのだろう。
 だが、そんなことに、全く興味が沸かない。頭にあるのは、少し先にある黄色に染まる沢のことだけだ。一刻も早く、辿り着きたい。

 ▼入湯箇所の湯溜まりから上流を見上げる。
温泉画像

 そして、息を飲む一瞬。目の前には、川湯が流れている。(わーい)
 湯は透明だが、硫黄成分が沈殿するので、黄色く染まる。温泉は足早に目の前を流れていく。温度を確認するのももどかしく、一気に服を脱ぎ、体を湯に沈める。熱め適温。右足首の火傷にはビリビリしみるが、全く苦にならない。身も心も弛緩し始め、蓄積された疲労感が心地よいものへと変わる。

 長湯するには、やや熱いので、ぬるめ適温箇所を求め、少し下る。ほどなく寝湯に最適な場所に落ち着く。湯川本流との合流点手前。切り開かれた谷底で硫黄臭に包まれながら、ダラダラと時を過ごす。何も考えることなく、ただひたすら川湯に身を任せる。
 やがて自然の営みと同化する瞬間が訪れる。

 ここは、私にとって、まぎれもなく桃源郷だった。

-2001.10.11-  

→■南八甲田の野湯へ続く

東北野湯
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