マル得温泉旅行

~知床からトカラ・台湾まで~

【野生の旅】富山立山黒部を歩く2 [立山黒部の湯]

スポンサード リンク

【野生の旅】 ■富山 立山黒部を歩く2 →[立山黒部の湯]

→■立山黒部を歩く1より続く

= 9月23日:二日目 =

 前夜、みくりが池温泉で心行くまで何度も温泉を堪能したが、体が欲していたので目覚めた直後にも入り直した。
 今日は阿曽原温泉で宿泊する予定だ。この旅で、最も長い距離を歩く一日になるはずだ。荷物を慎重に詰め直し、ザックをかつぐ。乾燥室に置いていた衣類等は全て乾いていた。時計を見ると5時30分を少し過ぎたところ。

 宿を出た直後は夜明け前なので暗い上に、ガスが出ていて視界がきかない。慎重に進んでいくが、今一つ自信を持てない。
 コンパスと地図で確認したつもりなのだが、何度目かの分岐で間違えてしまった。雷鳥沢へ向かうつもりが、真砂岳への登山道を進んでいたのだ。

 ▼富山 ガスが立ち込める中、登山道を歩く
温泉画像

 暗くて標識を見落としたのが最大の原因だが、途中まで方位が似通っていたことが傷を深くしてしまった。おまけに途中からは猛烈な風が吹きつけたこともあって、地図と現在位置の照合作業をおろそかにしてしまった。
 道を間違えたことに気づいたときは、真砂岳の頂上のすぐ手前だった。

 ミゾレ混じりの中、6時54分、真砂岳の頂上で呆然とたたずむ。出発早々、道を間違えたことにより、精神的にかなりのダメージを受けた。地図で確認すると、少なくても一時間は余計に歩くことになったみたいだ。こんな調子では今日中に阿曽原温泉に辿り着くことは難しい。もしかしたら仙人温泉にさえ到達できないかもしれない。
 悪天候の中、暗い気分でツラツラと考える。

 いつまでも凹んでいても仕方ないので、気持を切り替えて、別山を目指し稜線を歩く。それまではきつい勾配だったので、とても楽だ。これで天候がよかったら気分が晴れるのだろうが、視界は20mもない。湿った気持ちを抱えたまま、ひたすら前進する。
 7時17分、思ったよりも早く別山に到着。この先、ショートカットルートを使い、剱沢を目指すことも考えたが、分岐点がよく分からない。道を間違えるのが嫌なので、遠回りになるが剱御前小屋経由のルートを選択した。
 時間はかかるが、これ以上リスクを負いたくない。

 ▼富山 剱沢小屋付近から剱岳を眺めるが山頂には雲が…
温泉画像

 やがて剱御前小屋が見えてきた。やれやれだ。7時36分、小屋の前で休憩し、水を飲む。さて、これからは剱沢の下降だ。今まで以上に気合を入れる必要がある。
 8時8分、剱沢小屋の前を通過する。剱岳が見えるかな、と山頂の方向を見るが、雲に覆われていてハッキリしない。時折、雲が抜けるときがあるが、完全に抜けきらないので、結局山頂を拝むことはできなかった。残念。

 今年の剱沢雪渓は、例年に比べて冬の間の積雪量が少なかった上に、暑い日が多かったので、この時期アイゼンなしでも通過できる可能性が高いと考えていた。よってアイゼンを装備に加えなかった。仮にアイゼンが必要ということであれば、そこでUターンするまでだ。立山から黒部への北アルプス横断を諦める代わりに、剱岳や立山の山頂を目指すか、あるいは立山新湯を再チャレンジしてもいい。東京への帰りのチケットを購入していないので、ルートはいかようにも変更できる。
 いい加減と言えばいい加減だが、私にとっての旅とはそのようなものだ。

 ▼富山 雪の少ない剱沢雪渓
温泉画像

 予想通り雪渓はあまり残っていない。これならば大丈夫そうだ、と思ったが、やがて目の前に大きな雪渓が姿を現した。うーん、これはちょっと面倒そうだ。試しに田植足袋で雪面をキックすると、さほど困難なく雪が削れ、ほどよい足場ができた。スティック代わりの木の枝も容易に突き刺さる。道に迷い時間を浪費したおかげで、雪が溶けはじめている。
 さて行こうか、と思った時、「これを使え」と声をかけられた。声の主は、先ほど物凄い勢いで追い越していった山慣れした年配の方だった。「え。アイゼンの予備があるのですか?」と一応聞き返すが、相手は私以上に軽装なのでそんなものがある訳ない…。

「俺は慣れているから軽アイゼンなしで大丈夫だ。それにもう少し先まで行って作業して戻るだけだから。雪渓が終わったら真砂沢ロッジに寄って、剱沢小屋の者に借りた、と言って預ければ、荷揚げの人間が持っていってくれるから問題ない」

 断ろうにも、既にその山小屋の親父は軽アイゼンを脱いでいる。山で意地を張ってもいいことはあまりないので、好意をありがたく受けることにした。だが、迷惑をかけてしまったことに違いはなく、軽い自己嫌悪に陥る。
 軽アイゼンを履き、山小屋の親父の後を追う。山小屋の親父はアイゼンを履いていないにもかかわらず、メチャメチャ歩くのが早い。ついていくだけで精一杯だ。この親父、凄すぎる。

 途中、登山道を整備している箇所に差し掛かる。作業している若い人が山小屋の親父に挨拶した後、私の足元を見て「足袋がボロボロだね」と話しかけてきた。「これでどこまで行くの?」
 「黒部までを予定しています」と答えると、「嘘だろう。これじゃ絶対に持たないよ。俺たちに迷惑をかけるようなことはして欲しくないね」と諭された。確かに穴が空いているし、見た目は最悪。だけど、この田植足袋で昨年の夏、有峰口から硫黄沢経由で湯俣温泉まで歩ききったし、以前に履いていた田植足袋はもっとボロボロだったから全く心配していない。「はい。気を付けます」と言い残し、その場を立ち去る。価値観の違う人とは山で言い争いたくない。

 やがて先を歩く山小屋の親父が立ち止まった。あまりのハイペースに息が上がっていたので、正直なところホッとした。見渡すと、今までで最も大きい雪渓が広がっている。

「俺が案内するのはここまでだ。問題になりそうな雪渓もここが最後。後は大丈夫だろう」

 ありがとうございました、と告げ、雪渓をサクサクと横断する。渡り切り、振り返ると、山小屋の親父が立ち尽くしたまま、こちらを見つめている。ありがとうございました、ともう一度叫び、手を大きく振る。わずかに微笑んだ後、山小屋の親父は来た道を引き返していった。言葉が極端に少なくて取っ付きにくいが、親切な上にとても感じのよい人だった。感謝!

 ▼富山 剱沢沿いを気持ちよく歩く
温泉画像

 9時52分、真砂沢ロッジに寄り軽アイゼンを預け、剱沢沿いをさらに下降する。太陽の照り返しが次第に強くなってきているが、雪が残った沢沿いを歩いているので快適だ。あれから雪渓にも出会わないし、すこぶる順調。
 10時49分、二股に到着。橋を渡ると、きつい山登りが始まった。ここで剱沢とはお別れだ。

 登り始めて10分もする頃、嫌な予感に襲われる。思っていた以上に雲が抜け、快晴に近い天気になっていた。気温と共に体温が上昇する。剱沢で水を汲んでおけばよかった、と悔やんでも後の祭り。しばらく水場がないので、慎重に水分補給をする必要がある。
 それにしても暑い。汗が容赦なく滴り落ちる。先ほどまでの快適さが嘘のようだ。

 ひいひい言いながらも、12時15分、ようやく仙人峠に到着。ここからは下りだ。道に迷うことなく普通に歩けば阿曽原温泉に辿り着けそうだ。地図のコースタイムを見ると、仙人峠から仙人温泉までが1時間30分、仙人温泉から阿曽原温泉までが2時間。できれば仙人温泉でゆっくりしたいが、阿曽原温泉まで行くかどうかは仙人温泉で決めればいいと考えた。
 ここは登山道なのか?というぐらいガラガラの沢を下っていく。やがて、水の流れが現れた。ここぞとばかりに貪るように沢の水を飲む。一気に元気が出る。水が生命の源であることを実感する。

 ▼富山 仙人池への道案内
温泉画像

 途中の分岐では深く考えることなしに「仙人」と書いてある標識に従う。ところが、これが間違え。13時10分、仙人池に到着。どうやら正規の登山道以外のルートを選択したあげく、ぐるりと大回りして仙人池に行き着いたらしい。本日二度目の大きなミスに腰が砕けそうになる。
 悔しさを押し殺して仙人池を写真に収める。せっかくだから仙人池の水を飲んでやろうかと思ったが、引用可とも書いてないし、人影があったので、自重する。
 13時28分、道を引き返し、先ほど間違えた分岐に到着。とても悔しいが、自業自得なのでどうしようもない。これで今日中に阿曽原温泉に辿り着くことがほぼ絶望的になった。

 追い討ちをかけるように、ここから歩くペースが極端に落ちた。と言うか、意気消沈したせいでもないが、体に力が入らなくなった。一種のガス欠状態。こまめに栄養を補給していたのだが、どうやら許容範囲を超えて歩き続けたためらしい。体が悲鳴をあげているようだ。剱沢雪渓で山小屋の親父のペースに合わせて無理したのが、ここにきて響いているのかもしれない。確かに、二度も道を間違えたわりには、予定に近いペースで歩いているよな。。。
 仙人温泉までの道のりは本気で辛かった。何度も休憩をとるが、全く体力は回復しない。仙人温泉の湯煙が見えた時は文字通り狂喜した。ここからが実は長かったのだが。涙。

 ▼富山 仙人温泉で極楽入湯
温泉画像

 14時53分、仙人温泉に到着。もう限界。今日はこれ以上進みたくない、と言うより進めない。宿の人を探す。早く温泉に入りたい。体を休めたい。だが、宿の人の姿が見えない。
 我慢できなくなったので、そのうち戻ってくるだろう、と、温泉に入ることにする。疲れきった体を温泉でよく流す。これだけでも気持ちよい。ゆっくりと露天に体を沈める。あー、極楽極楽。生き返る。長時間の山歩きをしてよかったと思える瞬間だ。

 この夜は、温泉をとことん堪能しつつ、宿の主人と煤まみれになりながら語り合った。宿の主人は沢と壁のスペシャリスト。興味深い話しに耳を傾けながらスピリタスを舐めるように飲む。
 実に素敵な夜だった。

-2004.09.23-  

→■立山黒部を歩く3へ続く


【コースタイム】

◆9月23日:二日目
[歩8h30].みくりが池温泉0530-0654真砂岳-0717別山-0736剱御前小屋-0808剱沢小屋-0952真砂沢ロッジ-1049二股-1215仙人峠-1310仙人池-1453仙人温泉(泊)

立山黒部の湯

スポンサード リンク


 当Webサイトに係る一切の知的財産権は"Jun Yamane"に属します。引用自由リンクフリー連絡無用です。言及されている全ての商標製品名等は各所有者に帰属します。

Copyright©1999-2024 MA Bank, Jun Yamane All Rights Reserved.

※以前運営していた「野生の旅」は2004年に更新停止。2015年4月18日より、サイト名を「マル得温泉旅行」に変更して運営再開。