【野生の旅】 ■奈良県 大峯奥駆早駆2 →[熊野古道 大峯奥駆・雲取越え]
= 4月29日:三日目 =
午前4時過ぎ、雨がポツリポツリ落ちてきたので目が覚めた。普段ならば、「勘弁してくれよ」という状況だが、この時ばかりは真剣に嬉しかった。傘やカッパを利用して雨水を溜めることにチャレンジする。
昨夜は、ノドの乾きで2回、目を覚ました。気が狂いそうなくらい辛かったので、その都度、残り100ml程度となった水を口に含む。
幸いにも寒さで目を覚ますことは明け方までなかった。シェラフは夏用のペラペラのものだが、インナーシーツやシェラフカバー、また、服をたくさん着込んだおかげで、暑いぐらいだった。
再び一眠りした後、午前5時、わくわくする気持ちを抑えながら雨水の状況を確認する。ところが、カッパにはほとんど水が溜ってなかった。激しく落胆しつつ、少し離れたところに置いた傘の様子を見に行く。すると、こちらには、かなりの量の雨水が溜っていた!(嬉)
恥も外聞もなく、雨水を貪るように飲み干す。土や草の味や香りがしたが、そんなことは全く気にならず、とにかく旨いの一言。コップ一杯程度に過ぎないが、これで一気に元気が出る。あー、それにしても折り畳み傘を持ってきて良かったな、とシミジミしてしまう。傘に助けられてしまった(笑)。
昨日辿り着いた尾根は登山道ではなかったようなので、別の尾根を目指すことにする。体がややフラフラするが、睡眠をたっぷりとったおかげで、十分な食料をとっていないわりに体調は悪くない。余分な体脂肪がエネルギーに変換されたはず、と前向き考える。雨が小降りになったこともあり、5時30分頃、尾根を目指し、ガラガラの急斜面を登りはじめる。
崖崩れの跡をひたすら登る。足場は脆く危険だが、他に選択できるルートがない以上仕方あるまい。あまりの斜度に少しずつしか登れないのが辛い。
やがて黄色いプラスチック製の札を見つける。それもあちこちに散らばって落ちている。尾根は近いようだし、これらの札は登山道にある祠に供えられていたものが、風により落ちたのだろうと、推測する。
こうなれば気力が充実してくる。最短距離で尾根を目指すべく、目の前の崖に取り付く。フルパワーを出してよじ登るが、途中で動けなくなる。空身だったら問題なく通過できそうなポイントだが、重たいザックを背負っている分、そういう訳にもいかない。鋭く切り立った岩場だが、次の一歩を踏み出すことがなかなかできない。足場として適当なポイントが見つからないのだ。
と、グズグズしていても体力を消耗するだけなので、「えいや」と気合いを込めて左足を持ち上げる。だが足場の引っ掛かりが弱かったこともあり、その勢いで一気に崖を越えることにする。体を崖上に持ち上げることができた時には、消耗のあまりノドがカラカラに渇いていた。
残り少ない水を口に含み、さらに上を目指す。ここから尾根までは、今までの苦労に比べれば楽勝の部類に入る。ほどなく尾根に飛び出すと同時に、祠が目に入った。やはり登山道だったのだ(万歳!)。
再び水を飲み、コンパスで進路を確認する。小雨混じりの上、昨日よりもガスが濃いので、現在位置は全く分からない。だが不安はなかった。
しばらく進むと昨日迷った分岐に差し掛かった。うーん、私はどこら辺をウロウロしていたのだろうかと悩みつつも、昨日とは反対側の左手を踏み跡を選択。こちらが、もちろん正解だった(笑)。
釈迦ヶ岳(1799m)の登りは思っていたよりも楽だった。先ほどまでの苦労を思えば、登山道として整備されている分、なんてことはない。やがて頂上に到着。そこには大きなお釈迦様の像が置いてあった。ここまで来れば、後は下るだけだ。これから先、太古の辻まで登山客も多くなりそうだし、もう安心とばかりに最後の水をゴクゴクと飲み干す。30分も歩けば水場があるのだ。
深仙ノ宿を目指し、急な下り坂を降りていく。登りの人間とすれ違うが、例外なく皆さん、ひいこら言っている。やがて深仙ノ宿が見えてきた。
一目散に水場を目指す。水量は豊富ではなかったが、そこには十分すぎるぐらいの水があった(感激)。文字通り、狂ったように水を飲む。あー、極楽。
水が不足していたこともあり、昨夜から満足な食料を口にしていないので、ここで食事休憩とする。お湯を湧かし、お雑煮を作る。これとは別に、煮干しのスープに塩とパンを入れて食べ、一息つく。やはり暖かい食べ物は、体にも心にも優しい。あー、とても幸せだ。
8時過ぎ、深仙ノ宿の水場を出発する。食料は減ったが水をたっぷり詰め込んだ分、ザックが重くなった。だが、これは嬉しい重さだ。
予定ではここを5時30分に出発していたはずなのに、と思うが仕方ない。逆に、わずか2時間30分遅れで出発できたことを感謝しなけばならない。あくまでも予定は未定にすぎない。
大日岳(1566m)を巻いた後、太古の辻に差し掛かる。いよいよここから南大峯奥駆道となる。大峯奥駆道の中間地点だ。
9時7分、石楠花岳(1512m)。太古の辻からの登りはかなりきつかった。ここら辺では、所々で山ツツジが咲いている。ガスのせいで眺望が開けていない分、鮮やかなピンクの色彩は唯一の見どころだ。
天狗山(1536m)、地蔵岳(1464m)と越えていく。アップダウンが結構激しいが、総じて歩くのには快適な道が続く。
だが、般若岳(1328m)を過ぎた頃、道に迷ってしまう。かなり開けた場所を歩くので、ガスで視界がきかない以上、踏み跡や目印のリボンに頼ることが多くなる。人通りが少ない分、踏み跡が分かりづらい。一度、目印のリボンがある地点まで戻り、地図とコンパスで方向を再確認し、別のルートを辿りはじめる。
やがて目印のリボンを発見する。やはり道に迷ったと感じたら、即座に引き返すべきです。と言っても、今回の私みたいに痛い目に遭わないと、なかなか実行できないことなんですがね(笑)。
12時20分、涅槃岳(1375m)。雨脚が強くなってきたのでカッパを羽織るが、これが透湿性ゼロの安物なのでメチャメチャ蒸れる。我慢したくなかったので、多少濡れることは覚悟してジャケットで雨除けをする。幸いにも本降りになることはなかったが、この後シトシト雨は降り続いた。
13時13分、阿須迦利岳(1251m)。ここで昼食をとる。朝食時に準備しておいたアルファ米にフリカケをかけ、煮干しと共にパクつく。それにしても思ったより早く着いた。このペースなら当初の予定通り、行仙ノ宿山小屋に宿泊できるかもしれない。13時46分、持経の宿山小屋を通過すると、登山道からいきなり林道に飛び出した。予想していなかったので、かなり驚く。
14時31分、平治の宿山小屋。ここにも水場の表示があるが、まだ水はかなり残っているし、少し下らなければならないのでパスする。14時51分、転法輪岳(1281m)。ここから下る際、反対側からジョギングで登ってくる人とすれ違う。ランニング登山という概念は知っていたが、まさかこんな登りを走る人がいるとは思っていなかった(絶句)。
16時17分、怒田ノ宿跡を通過し、行仙岳(1226m)を登りはじめる。ここを越せば宿泊地までわずかなのだが、この登りがきつかった。16時32分、クタクタになりながら行仙岳の頂上に立つ。
そして16時55分、行仙ノ宿山小屋に到着。昨日に引き続き、長かった一日が終ったのだ(やれやれ)。中を覗くと、50人は泊れそうな空間に2人しかいない。宿代1000円を箱に入れた後、取り合えず日が暮れる前に、水を汲みに行くことにする。
この水場が遠かった。時間にすればわずか10分ほどの下りなのだが、その後15リットルのポリタンクを担ぎ上げるのは大変だった。疲れ切っているので帰りは20分ほどかかった。でも、水のありがたみを理解している以上、さほど苦痛には感じなかった(と言っても、半泣き状態だったが)。
濡れた服を乾かし、食事の用意する。先客の二人は、今どき珍しい囲炉裏で火を起こそうとしている。お腹がペコペコだったこともあり、ここで食べたカレーはとても美味しかった。レトルトパックとは思えないくらいの逸品であった(笑)。毎度の煮干しスープと共に、極上の食事を味わう。
小屋には毛布が山ほど置いてあったので、ありがたく使わせてもらう。囲炉裏端で毛布にくるまりながら、同宿の2人とたわいもない話を続ける。囲炉裏の炎に加え、持参していたロウソクの灯りが揺れる中、スピリタスをチビチビなめる。雨が降っているようだが、小屋の中に吹き込むことはない。
眠りについたのは21時を過ぎていた。ほどよくどころか、完全に酔いが回ってしまった。明日の朝はやや寝不足気味かもしれないが、この素敵な一夜は何ものに代えることはできない。
意識を失う寸前、今夜は夢を見たい、と思った。
-2002.04.29-
【コースタイム】
◆4月29日:三日目
[歩11h25].釈迦ガ岳手前のガレ場5:30-釈迦ヶ岳-深仙ノ宿8:00-太古の辻-9:07石楠花岳-地蔵岳-12:20涅槃岳-13:13阿須迦利岳-13:46持経の宿山小屋-14:31平治の宿山小屋-14:51転法輪岳-16:17怒田ノ宿跡-行仙岳-16:55行仙ノ宿山小屋(泊)